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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和35年(ネ)133号 判決

控訴人(原告) 平田盛秋

被控訴人(被告) 立山町長・富山県中新川郡公平委員会

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人町長に対し、第一次的に同町長が昭和三〇年六月一日なした控訴人に対する待命処分は無効であることを確認する、予備的に同町長がなした右待命処分を取消す、被控訴人公平委員会に対し、同委員会が昭和三一年六月一五日なした判定を取消す、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とするとの判決を求め、被控訴人等代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠の提出援用認否は、次に記載するものの外原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴代理人の陳述

(一)  原判決事実摘示八の(二)のうち「同年四月六日国民健康保険業務再開のため採用された被告ら主張の奥村ミサホ外七名」とあるを「同年四月六日国民健康保険業務再開のため採用されたという被告ら主張の奥村ミサホ外七名」と訂正する。すなわち控訴人は奥村ミサホ外七名が国民健康保険業務再開のため採用されたという被控訴人等の主張事実を否認する。右奥村ミサホ外七名は国民健康保険業務拡張のため採用されたものではない。

(二)  被控訴人町長がなした本件待命処分の違法事由として次の主張を新たに附加する。

(イ)  控訴人は恩給受給権者でないのにかかわらず被控訴人町長は控訴人を恩給受給権者であるとして取扱つたのは違法である。

(ロ)  立山町条例第六四号「立山町職員定数条例」によれば、町長の事務機関の職員は吏員九八人、その他の職員一二人計一一〇人と限定されているのであるから、右定数を欠くときに始めて職員を採用することができるもので、条例を改正せずしては如何なる理由があつても定数を超過して吏員を新たに採用することができない。而して昭和三〇年四月六日立山町の吏員実在員は九八名であるから、被控訴人町長はこれを超えて奥村ミサホを技術吏員に採用することができないわけである。また坂下睦夫外六名が雇に採用されたのは右条例第一条に規定するとおり雇は職員より除かれているものであるから採用し得たものであるが、右七名の者は欠員の生じない限り雇より事務吏員に新たに採用(被控訴人等は昇任なる言葉を用いている)することは絶体にできない。従つて吏員として採用しても無効である。仮に無効でなく違法なものであるとすればなおさら違法な人員超過を理由として控訴人に待命処分を命じても斯る処分は無効である。仮に無効でないとしても、奥村ミサホ外七名を条例で定める定数を超えて違法に採用し、それがため立山町の吏員の定数を控訴人等が在職するがため超過することを理由として、すなわち違法なる奥村外七名の採用を前提として控訴人等一〇名が定数を超過すると称してなした本件待命処分もまた違法であるからその処分は当然取消さるべきである。若し取消さるべきものでないとすれば町長は自己の気に入らぬ者があるときは何時にても定数を超えて違法に新たに吏員を採用しその上で定数を超過するとの理由で自己の好まぬ吏員を待命に処することが容易にできることになり、この様なことは絶体に容認せらるべきものではない。

(三)  従つて本件待命処分並びに判定処分はいずれも違法であるから取消さるべきである。

二、被控訴人等代理人の陳述

(一)  控訴人の右(二)の(イ)の主張について、控訴人が恩給受給権者でないことは認める。しかし被控訴人町長は控訴人が恩給受給権者であることを理由として本件待命処分を行つたものではない。

(二)  同(ロ)の主張事実中被控訴人等の従前の主張に反する部分は否認する。

三、証拠関係〈省略〉

理由

当裁判所は原審が認定したとおり控訴人の被控訴人町長に対する本訴請求は理由なく、被控訴人公平委員会に対する訴を却下すべきものと判断する。そしてその理由は左記のとおり訂正附加する外は、原判決がその「理由」の部において説示するところと同様であるから、ここにこれを引用する。

(一)  原判決一七枚目裏一一、二行目に「原告主張の一〇八名」とあるを「被告主張の一〇八名」と訂正し、同二四枚目裏末行から同二五枚目表一行目に亘り「及び原告が恩給受給権者であること」とある記載部分を削除する。そして同一八枚目表(3)の(イ)の部分(原判決理由欄第一の二の(二)、(3)の(イ)の部分)を「被控訴人町長が昭和三〇年四月六日奥村ミサホを技術吏員として、坂下睦夫、林清勝、森本隆彦、松永信行、小池和子、荒木敬之及び跡治英二(以下坂下睦夫外六名という。)を雇として、それぞれ新規採用したことは当事者間に争がなく、原審(第一、二回)及び当審における証人中田治重の証言並びに原審における被控訴人町長小泉美世一本人尋問の結果によれば、右奥村ミサホ及び坂下睦夫外六名は、立山町において昭和三〇年四月一日から同町全管内に国民健康保険事業を施行拡大するため、その要員として新規採用されたものであることが認められる。控訴人は右奥村外七名は国民健康保険業務拡張のため採用されたものでないと主張するが、右認定を動かすに足る証拠はない。」と訂正する。

(二)  控訴人は恩給受給権者でないのにかかわらず被控訴人町長が控訴人を恩給受給権者であるとして取扱つたのは違法であると主張するが、被控訴人町長が本件待命処分を行うに当り、控訴人を恩給受給権者であるとして取扱つたという事実はこれを認めるに足る証拠はない。成立に争のない甲第二号証の二(処分事実説明書)によれば、その第三「臨時待命発令の理由」中に「1、高令者(五十五才以上)のもの、2、恩給受給権者であることその他を加味し、」云々と記載してあるが、これは本件待命の対象となつた控訴人を含む一〇名の者を選定した基準を記載したのであつて、控訴人を恩給受給権者と認めこれを理由としたものでないことは右記載につづき「その者が退職しても他の者を以て補い得るという立山町職員定数条例による過剰人員十名に対し」云々と記載してあること並びに当審における証人小泉美世一のこの点に関する証言に徴し窺い知ることができる。それ故控訴人の右違法の主張は理由がない。

(三)  次に控訴人は昭和三〇年四月六日立山町の技術吏員として採用された奥村ミサホは同日現在における同町の吏員実在員九八名を超えて採用した違法無効のものであり、また同日立山町の雇として採用された坂下睦夫外六名の者は欠員の生じない限り雇より事務吏員に新たに採用することは絶体にできないのであるから、吏員として採用しても無効である旨主張するが、右奥村ミサホの採用については、控訴人の右主張が地方公務員法第一七条第一項違反の主張であらうと、はたまた「立山町職員定数条例」に定める職員の定数の範囲を超えるという意味で欠員がないのに採用したという違法の主張であらうと、いずれにしてもその理由がなく、右奥村ミサホの採用については何等違法の点がないことは原判決においてすでに説示しているとおりである。そしてまた被控訴人町長が昭和三〇年四月六日立山町の雇として採用した坂下睦夫外六名を同年五月二〇日事務吏員に任用したこと、そして右任用が地方公務員法第一七条第一項にいう昇任として同法条の適用を受ける関係上欠員のないのに職員を任命した点において、更にまた右任用(昇任)に当り競争試験又は選考の方法によらなかつたという点においてそれぞれ同法条第一、第四項に違背するものであるけれども、右違法の故をもつて右任用(昇任)が当然無効のものとは解し難いことも原判決の説示するとおりである。当審における控訴人援用の全証拠によるも右の判断を動かすに足りない。それ故控訴人のこの点に関する前示無効の主張は採用しない。(なお控訴人は被控訴人町長が昭和三〇年四月六日雇として採用した坂下睦夫外六名を同年五月二〇日事務吏員に任用したことを新たな採用であると主張しているが、仮に右任用が地方公務員法第一七条第一項にいう採用の方法による任命であるとしても、同法条第一、第四項に違背し違法ではあるが当然無効のものとは解し難いとの前示判断に変りはない。)

(四)  ところで、控訴人は仮に坂下睦夫外六名に対する昭和三〇年五月二〇日の前記任命(控訴人は坂下睦夫外六名の外奥村ミサホの採用を加えて主張しているが、奥村ミサホの採用については違法の点のないことは前示のとおりであるから以下坂下睦夫外六名の者の任命について判断する。)が無効でなく違法であるとすれば、違法な人員超過を理由として控訴人に待命処分を命じても斯る処分は無効である。仮に無効でないとしても坂下睦夫外六名を条例で定める定数を超えて違法に任命し、これがため立山町の吏員の定数を控訴人等が在職するため超過することを理由として、すなわち違法なる坂下睦夫外六名の任命を前提として控訴人等一〇名が定数を超過すると称してなした本件待命処分もまた違法であり、その処分は当然取消さるべきものである旨主張する。然しながら任命権者のなす任命行為と臨時待命処分とは関連はあるとしても別個の目的ないし見地から別個の手続をもつて行われる別個の行政処分であるから、任命行為に違法の点があるとしても、臨時待命処分自体に違法がなければこれを無効とし、又は取消すことはできないものと解するを相当する。ところで被控訴人町長が昭和三〇年五月二〇日になした前記坂下睦夫外六名に対する任命行為は任命権者である同町長がその正当の権限に基いてなしたものであるから、その任命行為に違法の点があるとしてもそれが当然無効であるか又は違法を理由として取消されない限り、その任命行為は依然として有効のものとして取扱わなければならない。そうであるとすれば右坂下睦夫外六名の任命行為については前示のとおり違法の点はあるけれども当然無効のものではなく、又右違法を理由として取消されたという事実のない本件においては右坂下睦夫外六名の任命行為は依然として有効であつて、右七名の者は本件待命処分当時の立山町吏員の在職者といわなければならない。そうすれば本件待命処分のなされた昭和三〇年六月一日現在立山町における町長の事務機関の吏員として在職した者は右坂下睦夫外六名及び前記奥村ミサホ並びに原判決説示の林洋一及び林善作の一〇名を加え九九名(同年五月三一日付をもつて退職した松原義信及び同日の臨時待命申出承認によつて同年六月一日から待命となつた高正豊治、萩中誠之、藤田弥須治、松岡義家、森井長松、福井律三、石黒善太郎、野沢庄左エ門以上九名を除く)であつて、職員定数条例に定める吏員の定数九八名より結局一名の過員があることになるから、これを理由として被控訴人町長のなした本件待命処分自体には何等違法の点はないわけである。

尤も控訴人も主張するように任命権者である町長が特定の職員をその職から排除する目的で職員定数条例に定める定数を超えて違法に職員を採用し、定員超過の状態を作為した上でこれを前提として臨時待命条例に基きその特定の職員を臨時待命処分にしたような場合は、任命権者の正当な権限を越脱した違法な任命行為により故意に定員超過の状態を作為しこれを前提としてなした臨時待命処分であるから、このような待命処分は違法といわなければならないであらう。然し本件では被控訴人町長が特に控訴人をその職から排除する目的で坂下睦夫外六名の者若しくは奥村ミサホを昇任ないしは採用して定員超過の状態を作為したという事実は、これに添う原審及び当審での控訴本人の供述を除いては他にこれを肯認するに足る証拠はなく、そして控訴本人の右供述は前記証人中田治重の証言及び被控訴人町長小泉美世一本人尋問の結果に照らしにわかに措信採用することができない。それ故本件待命処分が前示の場合に当るものとしてこれを違法ということはできない。

以上の次第で、本件待命処分が無効であり、仮に無効でなくとも取消すべき違法があるとの控訴人の前示主張もまた理由なく採用することはできない。

さすれば原判決は結局相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 広瀬友信 奥村義雄 松田四郎)

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